日記と小物語
武器を捨てた日
「さぁ、新しい事を始めなさい。
あなたは新しく生まれたのです。」
すぼめた両手をパッと開きながら海に向かって前に出した。
まるで、持っている刀を海に投げ入れるようだった。
「もっと大きな海へと旅立ちなさい。」
ボクは船に乗った。
大きな海へと航海に出かけた。
〜日本語手話 「新しい」 編~
サルの惑星
「君は何も見てはいけない。何も聞いてはいけない。何も話してはいけない。」
サルの惑星の感覚器官が言った。
見ざる聞かざる言わざるサルは、ある日、視覚と聴覚と言語力を奪われた。
「なぜ、私から全てを奪うのですか?私は、始めから何も持っておりません。取るに足りないただの一匹のサルです。」
「君は、私の大事な腰掛けを隠したからだ。」
「腰掛けは、始めから、私がいつも座る場所に置いてありました。なぜここに置かれているのだろう?と疑問に思っておりました。」
小さなサルは切々と伝えた。
しかし、サルの感覚器官長は言った。
「それは、分かっている。しかし、君は腰掛けを見つけるその前に、目を両手で塞ぎながら、「私は目が見えません。探せません。」と叫んだら良かったのだ。」
小さなサルは、泣きたかったが、泣く声が出なかった。
小さなサルは、何も見えなくなったが、見えるかのように振る舞った。
小さなサルは、何も聞こえなかったが、音楽だけは聴く事が出来た。
No music, No life サル
アロマ空間デザイナー kayo
哀れなる者たち
アジア人である私。
アジア人の中の日本人という人種である私。
私が白人社会で生活を送ると大勢の取るに足りないアジア人として扱われる。
日本に住む多くのアジア人も大勢の取るに足りないアジア人として扱われている。
白人は人生の中で、そのような疎外感や劣等感を感じる事はあるのだろうか?
きっと、どの国に行っても、「コノクニ丿ヒトハシンセツデス!」な気分だろう。
しかし、日本に住むハーフ(ミックス)は白人と言えども幼少期は疎外感を味わう事は、まだまだあるだろう。
白人にとっては、「悪気のない何気ない些細な対応だ。」と思える事柄に、アジア系を含めた有色人種が、敏感に騒ぐ心の根底にある物や背景を考慮し配慮するのが大人だと思う。
周りの機嫌を取っているような人は何も達成はしない。しかし、配慮と敬意は如何なる時も必要だ。
あらゆる立場や背景の人の心情を察する人間は深みがある。
色には、いろんな色がある。
香りには、いろんな香りがある。
深みのある香りを作りたい。
私は黄色く青白い顔をした薄っぺらい無名の日本女性だ。
配慮は、いつもズレている。
アロマ空間デザイナー kayo
キリンになりたい
中指を立てて笑うキミ達にボクは言った。
「兄ですか?弟ですか?」
中指の腹を見せながらボクは言った。
「“背”が高い私はキリンです。ライオンが来ても5〜6匹は返り討ちをするラリアートが得意です。」
手話は言葉、言葉はアート。
無知なる手の表現はアートを失う。
〜日本語手話 「兄」 「弟」 指文字 「せ」編〜

