日記と小物語
若者
一人の若い俳優の意見が、オペラ界やバレー界の大物達からの反論や物議を醸し出すという事は、それだけ影響力のある大物なんだなと感じた次第であります。
例えば、一般の若い男性が、もし、
バレーやオペラなんか興味ねー。とSNSで発言したとしても、そりゃ、あんたらには興味無いやろ。。で終り、皆、スルーです。
しかし、世界的に有名な演技派実力者の俳優が、同じ発言をしますと、
なぜ!!!となるわけです。
過去に良い事や深い事を発言していても本人が持っている感覚や感性の一言であるにも関わらず一気に評判が下がってしまうのです。
しかし、現代は何事も効率化や無駄を省き大人も子供もじっくり待つ事やゆったり過ごす事、自制心が少なくなっている中で中身やストーリー性のある映画よりテンポよく進む映画しか好まれなくなっているのは事実です。
その事を雑に表現してしまったのが、あのイケメン実力者俳優ティモシー様です。
そして、なぜか卓球までダサ扱いされて反論される、というとばっちりを受けている様子です。
人は、見たいようにしかその人を見ません。
私はWBCを観ません。(野球嫌いです。WBOボクシングを観ます)
オリンピックも観ません。(平和の祭典なのに国対抗という戦争みてぇで意味不明だからです。それぞれの推し選手対抗にすればよい。)
よって、皆が素晴らしい感動する瞬間らしいですが、人々と共有できません。
興味が無いからです。
Breaker
井上尚弥選手や中谷潤人選手や朝倉未来選手、といった方々は相手をボコボコにする強さがある方達です。
しかし、品と冷静さ相手へのリスペクトが常にある方々です。
私は詳しくはありませんが、格闘技が好きです。
なぜなら、格闘家は自分より弱い人に強さを見せつけないからです。
オラオラしながら阿呆みたいに強ぶって、"オレすげーんだぜ"、みたいに誰彼構わずケンカを吹っ掛け、ただ単にイラつきやムカつきといった感情をぶつけるダサい男達と違い、プロの格闘家は、品と冷静さとリスペクト、そして、自分自身と常に向き合い、自分自身に打ち勝つ強さとストイックさがあるからです。自分の技に酔いしれて終わりません。
技を身につけてそれを大舞台で披露されて相手を打ち倒す姿に痺れます。
格闘技好きならば、なぜ、格闘家のマインドに震えず、技だけを見様見真似で弱い奴に試し打ちしてゲラゲラ楽しむ頭の悪いいじめっ子がいるのでしょうか?
ケンカ自慢をしたいだけなら格闘技ショーのBreakingDownオーディションにいけばいいのです。
沢山いる中の1人のいじめっ子やオラオラした人を何処かの誰かの日常から減らすにはいい番組です。
それ以外の場所で人を殴ることは、傷害罪、決闘罪になります。
我が子が、いじめっ子になってほしくないなら、"すんげーだっせーし"と父ちゃん母ちゃん兄ちゃん姉ちゃんetcが教えてさしあげる調教師になって欲しいです。
多分、だっせー、プラスおもんない事にいじめっ子は今だに気付いてない事が多いです。
long story short
独身税払いたくない。
200円から600円はスタバかコメダに使いたい。
ふるさと納税みたいになったらいいのに。
支払う家庭を独身側が決めたい。
大谷翔平か井上尚弥の家庭のお子さんのためなら、なんか知らんけど政府が公的医療保険やで〜とがっつり上乗せしてくる事実上独身税を支払います。
哀れなる者たち
アジア人である私。
アジア人の中の日本人という人種である私。
私が白人社会で生活を送ると大勢の取るに足りないアジア人として扱われる。
日本に住む多くのアジア人も大勢の取るに足りないアジア人として扱われている。
白人は人生の中で、そのような疎外感や劣等感を感じる事はあるのだろうか?
きっと、どの国に行っても、「コノクニ丿ヒトハシンセツデス!」な気分だろう。
しかし、日本に住むハーフ(ミックス)は白人と言えども幼少期は疎外感を味わう事は、まだまだあるだろう。
白人にとっては、「悪気のない何気ない些細な対応だ。」と思える事柄に、アジア系を含めた有色人種が、敏感に騒ぐ心の根底にある物や背景を考慮し配慮するのが大人だと思う。
周りの機嫌を取っているような人は何も達成はしない。しかし、配慮と敬意は如何なる時も必要だ。
あらゆる立場や背景の人の心情を察する人間は深みがある。
色には、いろんな色がある。
香りには、いろんな香りがある。
深みのある香りを作りたい。
私は黄色く青白い顔をした薄っぺらい無名の日本女性だ。
配慮は、いつもズレている。
アロマ空間デザイナー kayo
ウーマンリブっぽい発言
みんなそれぞれの美しいと思う推しがいるのだから、現代にミス・コンテストは必要ないのである。
参考文献
なんやかんやダラダラ見たネットニュース
