日記と小物語

2025-01-30 00:00:00

circus

不気味なサイレンが鳴り響いた。

カラフルなドライフラワーを、おままごとのように並べ、ケーキ職人のパティシエのように型の中に流している最中だった。

外から鳴り響くサイレンは、徐々に窓の外から近付いてきた。

玄関のチャイムが鳴った。

「こんにちは。お時間です!」

女性か、男性か区別のつかない声で、誰かが玄関の外から室内に向かって呼び掛けた。

セールスか何か?無視しよう、そう思いながらも、不思議と正月の解放感からか、玄関のドアを少しだけ開けた。

「なんの用でしょうか?今、忙しいんですが。」

「今からあなたが望んでいる場所へお連れする者です。さ、行きましょう。」

その人は、真っ白な肌と髪を持つアルビノの女性だった。

いや、男性から女性に生まれ変わった人だった。

「私は、どこにも行きたくありません。ここが、一番落ち着きます。誰にも何にも囚われず過ごせる空間です。」

「じゃあ、誰にも何にも囚われず自由な場所へお連れします。」

「どこですか?」

「あなたが行きたい場所です。」

「宇宙ですか?宇宙から地球を眺めてみたいのです。」

「いいえ。宇宙は、あなたが歳老いてからも行ける場所ですよ。」

「じゃあ、湖でボートに乗りたいです。または、海を見たいです。または、緑を見たいです。」

「そこは、あなたが、いつでも行ける場所です。」

しばらく、分からなくなった。

しかし、今朝見た映画でcircusのシーンが出てきた。

「circusを見てみたいです。」

「かしこまりました。では、今すぐお連れします。」

「あ、用意します。」

「その必要はありません。」

そう言うと、次の瞬間には、その人の腕を掴み、緑を越え湖を越え山を越え花びらが舞う空間へと降り立った。

「あなたは、どこかに行くまでの間、必ず、その場所に行く事を嫌います。どんなに行きたい場所でもその場所に行く事が憂鬱になるのです。ですから、一瞬でお連れしたのです。」

「あなたは、天使ですか?」

「違います。」

「なぜ、神話に出てくる馬は羽根つきなのですか?なぜ、他の動物ではなく、白い馬なのですか?」と尋ねてみた。

「知りません。私はアルビノですが、白繋がりの知識を聞かれても知りません。」

「私が思うには、鳥に人間が乗るより、馬に人間が乗った姿の方が美しいから、昔の人は、馬に羽根を付けた絵画を描いたのだと思います。」と答えてみた。

「でしょうか?」

「マイケルジャクソンは、アルビノだったと聞いた事があります。彼が今、生きていたら、もっと皆を勇気付けたと思います。」とMJに敬意を表した。

「私もそう思います。あらゆる疾患や障害を公表出来る今は、彼自身が、もっと生きやすい時代になっていると思います。」

「ここは、夢の中ですか?」

すると

「あなたは、なぜ、会話が成り立たないのでしょうか?相手の受け答えをなぜ、聞かないのですか?いつも一方的です。しかし、分かっています。あなたは、家族や恋人や友人や気を許した人には、一方的な会話ですが、職場や子供達と会話する時は、じっくり聞く側であることを。」

「私は、聞きたい事が沢山あるのです。しかし、興味が一瞬で薄れます。それに、長々会話するのが疲れるのです。」

話し終わらない内に、大きなトランペットの音が鳴り響いた。

 

 「ようこそ、夢とイルージョンの世界へ!」

 

円形の舞台には、男の人がいた。

彼は椅子を積み木やカプラのように何段も重ねていった。

横に立っている黒い服の男の人が長い棒で、見上げる程の高さにいるその男の人に椅子を渡していった。

渡された椅子を何段積み重ねただろうか。

積み重ねた頂上で逆立ちをした。

皆が、わっーと歓声を上げ拍手をした。

その時、天へ届く梯子のように高くそびえたった椅子が、ぐらつき揺れ出した。

「あ、危ない!」

次の瞬間には、椅子も男の人も消えて居なくなり、別の曲芸が始まっていた。

あれ、どこに消えたのだろうか。テレビのチャンネルを変えた時のようだ。

皆は、さっきまでの曲芸を何も観ていないかのように新たな曲芸に歓声を上げていた。

 

ある男の人が、天井から吊るされた長いシルクの緩やかな紐を、身体から足元に掛けて宙を舞った。

女性を片手に抱えながら宙を歩き廻った。

「かっこいい。」

うっとりと観ていると、またもや、テレビのチャンネルを変えるかのようにその曲芸が消えてしまった。

観客の皆は、またもや、さっきまでの曲芸を何も覚えていないかのようだった。

次の曲芸に歓声を上げていた。

今度は、女の人が天井から吊るされた長いシルクの緩やかな紐を首に巻き付けた。

そして、首を中心としてクルクルと身体を自転させながら宙を360度周り出した。

「むち打ち症になる、、」と呟くと

「心配無用です。」

 

突如、アルビノの女性が言った。

 

「さあ、あなたはどれを選びますか?」

「あ、気に入った曲芸ですか?まだ、観てない曲芸があります。ライオンとかまだ観てませんし、」 

次の瞬間には、舞台一杯に金網の檻が張り巡らされていた。

中には、真っ白な毛並みがとても綺麗な美しいライオンが4匹、悲しそうに目を下に向けて台座にそれぞれ座っていた。

グラディエーターの男の人が、長い鞭棒をピシッと床に叩きつけた。

一匹のライオンは、グラディエーターの指示にふてくされ、時々、牙を見せながら反抗した。

他の3匹はグラディエーターの指示通りに円を歩きポーズをとった。

ふてくされた一匹のライオンは、グラディエーターに背を向け、何も演技をしなくなった。

グラディエーターが再び鞭をピシャリと叩きつけたと同時に、

私は、さっき横にいたアルビノの女性が横にいない事に気が付いた。 

「やめて。」

私は叫んだ。

白いライオンと目を合わせ呟いた。

「あなたは、こんな所は楽しくないはず。何も生き生きしていない。可哀想に思える。」

すると白いライオンは、答えた。

「楽しいかどうかは分からない。ただ、グラディエーターは私達を丁寧に愛情を持って扱ってはくれている。可哀想ではない。あなた達人間も同じよ。ライオンのように見える人達は、誰かの指示通りに動いて、円をぐるぐる回っているのよ。その人達が可哀想に思える?」

「分からない。」

自分が、目を背けた一瞬に、目を合わせた白いライオンが消えた。

アルビノの女性が、再び横に現れてこう言った。

「さぁ、あなたはどれを選びますか?」

「どれも素晴らしい演技でした。選べません。」

「素晴らしいかどうかの感想を聞いてません。あなたは、どの曲芸を演じますか?」

「あの、、私は観客ですよ。」

「いいえ。あなたは、さっき、私と目を合わせて会話しました。」

「ですが、どんくさい私に、この中で何が出来るでしょうか?逆立ちも出来ませんし、逆上がりも出来ませんし、跳び箱も出来ませんし、長縄跳びは、いつも引っ掛かってました。自転車も、ほぼ乗れません。あ、椅子を渡す人にはなれるかもしれません。」

「無理ですよ。あなたは握力がありません。」

「あ、鉄網の回転輪っかの上で、逆立ちする方に手袋を投げ渡す役なら出来るかもしれません。」

「無理ですよ。あなたは手袋を投げ捨てる人だからです。」

「では、ライオンやシマウマやゾウの世話係になります。」

「駄目です。あなたは、動物に愛情を注ぎ過ぎてこのcircusから逃がそうとしますから。」

「どうしましょう。。」

「あなたが、この中で輝きを感じるものを選びなさい。」

「男性が女性を片手に抱えて空中を歩く曲芸です。」

すると、アルビノの女性は鼻でクスクスと笑った。

「ふふ、あなたは、韓国ドラマの星から来たあなたのように、空中に舞い上がる二人に憧れてるのですか?」

「違います。ジェット、リーが敵から逃げる時に、カーテンを引きちぎり足元に巻き付けて女性を片手に抱えて窓から逆さまに、飛び降りるシーンに憧れています。」

「そっちか!」

 

男性に片手で抱えられながら宙を廻っている瞬間は、まるで天に昇るような気分だった。

しかし、少しの回転で、私はクラクラした。

自ら一人で下に飛び降りた。

「なぜ、あなたはいつも独りよがりなのですか?」アルビノの女性が聞いてきた。

「分かりません。そんな、気分でした。」

 私には、人と呼吸を合わせ廻る事は出来ないのだ。

「息苦しさを感じなくてもよいのです。さあ、あの二人のようにピエロになってご覧なさい。全てを俯瞰し、皆を笑わせ笑われてるように役を果たしてご覧なさい。人間は、舞台を入れ換える少しの時間でさえも待つ事が出来ないのです。」

 

ピエロの赤毛のパーマと赤くて丸い鼻と大きなデカパンツはお気に入りだった。

少し歩きにくい大きな靴は、よたよたとしか歩けず、皆が笑った。

もう一人のピエロと一緒に観客席を歩いたり、舞台の真ん中でカンフーを真似て板を割ったりした。

 

しかし、途中で不意に舞台の後ろに走り去った。

 

ピエロの役になりきる覚悟がなかったからである。

 

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