日記と小物語
言葉の糸 英語をちゃんと話せるようになりたい。
ハリーポッターの作者の女性が、トランスジェンダーの方の尊厳を軽視したとして世界中から批判を浴びているらしい。
どういう経緯で、そのようになったのだろうか、と少し調べてみた。
どうやら、あるニュースで、典型的な女性をイメージする「女性」という言葉を使用するのではなく、「月経のある方」と表現した事に対して、それを観たJKさんは、その表現を揶揄してしまったらしい。
日本語で表すなら、「月経?月桂樹?そうゆう感覚も過去にはあったわ。」みたいな表現。
ネイティブの英語のニュアンスは、私には、さっぱり分からないが、トランスジェンダーへの不快な差別になったみたいだ。
しかし、他の記事では、JKさんは、トランス女性の方々も生物学的な女性と同じように男性の暴力等に怯える弱い立場である事を強調している。また、過去にトランスジェンダーの方々を支えてきた事も話しておられる。
何が、ここまで、批判を浴びたのか、考えてみた。
多分、彼女の頭の良さゆえの、頑固さが邪魔をした。
そして、ウィットに翔んだ揶揄をしようとした事が、少し、還暦前の女性にしては考えが足りなかった気がする。
よく、昔、お母さんとか親戚のおばちゃんとか、パートのおばちゃん達は、「生理がないから、男やで。温泉とかいつでも行ける。」みたいな発言をして、ケラケラ笑っていたが、清々しく楽しそうだった。
JKさんも、もし、月経を揶揄するなら、「自分は、もう更年期で月経がありません。」を、まず全面に出してからの発言なら、親戚のおばちゃん的な親近感が出て批判されなかったのかもしれない。
しかし、知的な女性が自らその発言をするのは、出来ないと思う。
そして、「自分の本当の意図が伝わりませんでした。」と、すぐ、ごめんなさい。と言えばよかったのに、と思った。
娘を思う母であり、大作家という立場なら安易な発言は控えたらよかったのに、と思った。
また、月経表現からの娘を思う立場や過去のトラウマやあらゆる問題を混ぜ込み過ぎで、ややこしくなった。
また、イギリスという、なんか、日本やアメリカにない知的合戦みたいなセレブ達の発言の試合がややこしくなった。
勉強になった事は、日本は、世界と比べるとトランスジェンダーに関する教育が、足りないと思う。
日本も自分も見識をもっと増やそうと思った。
そして、私はハリーポッターを観た事がない。
暗くて怖いのは苦手だからである。ハロウィンも苦手だ。
以上、アーティストきどりのフリーターの日記。
人の心は分からない
私は誰の味方でもあらず、誰の敵にもなりたくない。
優柔不断なのだろうか?
いや、冷酷なのだ。
冷酷な私は冷え性だ。
今日も手足が冷えて寝れない。
共存
自分自身の世界観と共存しながら生きている。
人は、それを、自分に酔っていると言うであろう。
度々、言われてきた言葉だ。
地球は美しい。
世界は悲しい。
未来は誰にも分からない。
自分は苦しい。
なぜ、周りの人に苦しみを話そうと人はするのだろう。
苦しみを話そうとする人は、決して周りに話さない私を酔っている、と評する。
私は話さない。
酒は飲まない。
酔ってはいない。
酒に酔うほうが、きっと、1日で酔いは覚めるはずだ。
自身の信じた道を歩けばよい。
再び、そう確信する夜であった。
独り身の醍醐味
乳糖不耐症
子供の頃は、よく牛乳でお腹を壊していました。
給食の牛乳の匂いが嫌いで、こぼれた牛乳の匂いで吐いた事が何度かあります。
今でも、ほとんど豆乳しか好んで飲みません。
バイトで、牛乳を飲む検食がありますが、息を止めて飲んでます。
しかし、豆乳アレルギーの方やナッツアレルギーの方は、動物性由来の牛乳を飲みたいと思います。
大量廃棄が牛乳の生産を必要以上に増やしてしまうことが、課題です。
また、牛による二酸化炭素を増やさない方法は、餌を変える等が必要です。
環境保護という名の下に、怒り、という日々のストレスをミルクを使い、ぶちまける。
そんな事が、世界では、どうやら行われてる様子です。
そのうち、人々は、上司や近所の人々に「環境保護を訴えてます。」と言いながら、ミルクをぶちまける時代になるかもしれません。
地球と環境に優しいとは、周りの人々への想像力だと思います。
私は、全然優しくない人間です。


